あらゆる物質は主に原子・電子から構成されます。
各原子は、電子分布が作るポテンシャルエネルギーを受けて運動すると考えることができます。
そのため、電子分布の決定は、分子・固体の構造やダイナミクスの決定に直結すると言えます。
電子分布を正確に決定する理論は、密度汎関数理論(DFT)を代表として、これまで発展してきました。
DFTでは、電子のエネルギーが電子密度によって与えられるとし、量子力学の変分原理から導かれる方程式を解くことで、電子の分布とエネルギーを決定します(このエネルギーを原子核が受けるポテンシャルとします)。
そこで、この方程式を解くプログラムを作ってしまえば、計算機の中で電子の分布、さらには分子の構造やその動きなどを予測することができるのです。
計算機を用いたシミュレーション研究を有効に活用すると、社会における様々な問題の解決や技術発展に関して、有益な情報を提供することが可能となります。
以下ではその事例を紹介します。
事例1. グラフェン型タンパク質センサーデバイスのシステム構築
芳香族分子は、ファンデルワールス相互作用により、2次元炭素材料であるグラフェンと高い親和性を持つことで知られています。中でも、タンパク質を構成するアミノ酸と共有結合を作る官能基を持つような分子が、ウイルスといった生体物質を検出するセンシングデバイスへの応用として期待されています。このような分子は「リンカー(linker)」と呼ばれ、炭素材料と抗体といったタンパク質を「繋ぐ」役割を担います。
リンカーの代表例が図1に示すPASEと呼ばれる分子です。
リンカーの性質は、センシングデバイスの機能性に関係してきます。したがって、リンカーのグラフェン上での働きを解明することは、デバイス応用において欠かせないことになります。
しかし、グラフェン上におけるリンカー分子の振る舞いを実験で直接観ることは容易ではありません。そこで私の研究では、高精度なコンピューターシミュレーションを実施することで、リンカーの物理的・化学的性質の予測を行います。私はこれまでに、溶液や真空といったリンカー周囲を取り巻く環境まで考慮したシミュレーションを行うことで、リンカーの性質が環境によって大きく変化することを発見しました。その結果、センサーデバイスの機能向上に有利に働くような環境設計ができることが示されました。