物質は主に原子・電子から構成されます。
原子間の結合力は電子の分布(どこに、どのくらい存在するか)に影響されます。
そのため、電子分布の決定は分子や固体の構造を決定することに直結すると言えます。
電子分布を正確に決定する理論はさまざまに開発されてきており、これらは計算機の中で実際に解いてしまうことができるのです。
凝集タンパク質の構造変化の予測
アルツハイマー病の患者さんの特徴として、脳内に老人斑と呼ばれるプラークが見られることが挙げられます。この老人斑の主成分はアミロイドβ(Aβ)と呼ばれるペプチドであり、より構造を詳細にみると、Aβが凝集してできた、アミロイド線維と呼ばれる一次元結晶体を形成していることがわかっています。
アミロイド線維がもし病気の発症・進行において重要な物質であるならば、アミロイド線維をいかにして分解するか、が創薬・医学的解決において必要になると考えられます。
アミロイド線維がどのように分解し得るかを解明し、さらにアミロイド線維にのみ作用する薬剤分子を設計するためには、アミロイド線維を構成する原子がどのように動き、どのような化学反応が起きているか、を理解することが必要になってきます。
本研究では、線維を構成するAβが、原子レベルでどう動きうるのかを予測します。それだけでなく、実験的にアミロイド線維を分解することが分かっている分子が、原子・電子レベルでどのようにAβに作用しているのかを解明することを目指しています。
2次元炭素物質上における芳香族分子の振る舞い
本研究では、2次元炭素材料であるグラフェンの上にくっついた芳香族分子の振る舞いを、量子力学に基づく理論シュミレーションによって解明します。
芳香族分子は、ファンデルワールス相互作用によりグラフェンと高い親和性を持つことで知られています。中でも、タンパク質を構成するアミノ酸と共有結合を作る官能基を持つような分子が、ウイルスといった生体物質を検出するセンシングデバイスへの応用として期待されています。このような分子は「リンカー(linker)」と呼ばれ(代表例を図1に示します)、炭素材料と抗体といったタンパク質を「繋ぐ」役割を担います。リンカーの性質は、センシングデバイスの機能性に関係してきます。したがって、リンカーのグラフェン上での働きを解明することは、デバイス応用において欠かせないことになります。
しかし、グラフェン上におけるリンカー分子の振る舞いを実験で直接観ることは容易ではありません。そこで私の研究では、高精度なコンピューターシミュレーションを実施することで、リンカーの物理的・化学的性質の予測を行います。私はこれまでに、溶液や真空といったリンカー周囲を取り巻く環境まで考慮したシミュレーションを行うことで、リンカーの性質が環境によって大きく変化することを発見しました。その結果、センサーデバイスの機能向上に有利に働くような環境設計ができることが示されました。